
ブラドリー選手は、1986年6月7日にバーモント州ウッドストックで生まれました。父親のマーク・ブラドリーはワイオミング州ジャクソン郊外にある「ジャクソン・ホール・ゴルフ・アンド・テニス・クラブ」所属のクラブプロ。PGA(全米プロゴルフ協会)メンバーでもあります。
そして、ブラドリー選手を語るうえで欠かせないのが、おばパット・ブラドリーの存在です。オールドファンならご存じでしょうが、パットはLPGAツアー通算31勝(うちメジャー6勝)、賞金女王とプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを各2度獲得という輝かしい成績を収め、1991年にゴルフ殿堂入りを果たした名プレーヤー。そんなゴルフ一家にブラドリー選手は生まれたのです。
「子供の頃は毎日のように父親にコースに連れていってもらい、朝から晩までゴルフをしていた」と語るように、ゴルファーとしてはこれ以上ないという環境で育ったブラドリー選手。ただ、アメリカ北東部の山岳地帯に位置する彼の故郷バーモント州は、ウィンタースポーツが盛んで、ブラドリー選手もゴルフができない冬には競技スキーに打ち込み、その速さはバーモント州選抜チームに入るほどでした。

しかし、子供の頃からトーナメントでプレーするおばの雄姿に憧れたブラドリー選手は、10代でゴルフに専念することを決断。高校2年の時にマサチューセッツ州ホプキンスに引っ越します。そして、2004年にマサチューセッツ州のインターハイ個人部門で優勝を経験したあと、セント・ジョンズ大学に進学。2008年に卒業するまでに、学生競技で9度の優勝を記録しています。
プロ転向は大学卒業後の2008年秋。翌2009年は、ワンルームのアパートで暮らしながらプロとして生き残りをかけてミニツアーに参戦しました。そして2010年、ネイションワイドツアーに昇格。2位を最高にトップ5に5度入るなどの活躍で賞金ランキング14位に入り、ついに2011年のPGAツアーへの出場権を獲得します。

こうしてブラドリー選手は念願のレギュラーツアーでのデビューを果たすと、参戦2戦目のボブ・ホープ・クラシックで早くもトップ10フィニッシュ(7位タイ)。4月のバレロ・テキサス・オープンでも9位タイに入り、2度目のトップ10入り。そして、5月に開催されたHPバイロン・ネルソン・クラシックで、プレーオフの末に待望のPGAツアー初優勝を成し遂げます。これだけでもルーキーとしては驚くべき活躍ですが、さらにゴルフ界にその名を轟かせた全米プロゴルフ選手権での優勝。メジャー初挑戦での優勝は、1913年全米オープンでのフランシス・ウィメット、2003年全英オープンでのベン・カーティスに続く3人目の快挙です。
ブラドリー選手の魅力は、なんといっても188cmの長身と長い腕を存分に生かした平均飛距離300ヤードを超えるドライバーショットです。プロとしてスタートを切ったばかりのブラドリー選手はまだ25歳。近年ヨーロッパ勢に押され気味だったアメリカのプロゴルフ界に彗星のごとく現れた大型プレーヤーに、期待は高まるばかりです。
